自ら「キャラを作っている」と言う人にマトモな人はいない

「キャラを作る」というのは、自らのアイデンティティを偽り外面的なコミュニケーションを円滑にする為の処世術なのだろう。
然し、人は3歳で人格と素質が完成し、14歳で性格が完成する。どこまで精密にキャラ設定をしても、必ずボロが出る。果たしてそれは、キャラを作っている事になるのだろうか。

心理的な修練を積んだ人や重度の人格障害者でもない限り、人は自らの性質を完全に偽る事が出来ない。
そういう経緯があって「自分はキャラを作っている」に至ったのかは知らないが、私の経験上、彼等の中でマトモである人を知らない。
仕事・勉強・コミュニケーションに於けるアルゴリズムを観察すれば、人の性格は一発でわかる。更に真相心理を読もうとすれば、彼等の本性や演じているキャラクターに大きな共通点があることに気付くだろう。

性格は成人しても180度変えられるが、素質や深層心理の構造までは変えられない。
長い時間をかけて培ってきたアイデンティティを真っ向から否定しようものなら、即精神病棟行きだ。
薄っぺらいレイヤー上で社会生活が出来るほど社会は甘くなく、そして厳しい。
キャラという名の鈍重な鎧を脱ぎ捨てて、本来の自分を素直に受け入れケアしてあげることと、武装に頼らず怪我をしない為の生活スタイルを身につけることが大事なんだと思う。
「ありのままの姿では死ぬ」と思うのなら、時間をかけてでも頭の中のアルゴリズムを組み直す冪。それが「性格を変える」事なのでは。

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