俺は広告で稼がん。情報は売らん。
1. 序:広告がない。それが“うちのスタイル”や
このブログ、広告貼ってへんやろ? バナーもない。ポップアップも出えへん。動画の前にスキップも流れへん。
──せやねん、一貫して「広告ゼロ」なんや。
何度か言われたこともある。 「せっかくアクセスあるなら、Adsense入れたら?」 「アフィリンクだけでも置けば?」
でもな、違うねん。 俺は“読ませたい”だけやねん。売りたいんちゃう。
2. 広告って、読者とコンテンツの間に割り込むもんや
広告ってな、読者の集中力をぶった切んねや。
・文章に入り込んだタイミングでバナー ・モバイルではスクロール毎に表示 ・動画では5秒強制視聴
──あれ、全部“思考のジャマ”やねん。
それ、俺はやりたない。 読み手が“考えよう”としてる時間に、 「買って!見て!登録して!」って押し付けたくないし、そんだけ俺の書いた内容が薄まんねんか。
3. 情報を売らないって、意外とできへん
世の中のサイト、だいたいどっかで金入ってる。
・アフィリエイト ・タイアップ記事 ・ランキングと見せかけた案件
で、読者は「これってほんまの評価なんか?」って疑いながら読むようになる。 それ、読み手に失礼やと思うねん。
せやから俺、情報で商売しいひんて。決めた。
4. 本音が書ける空間って、こういうことやと思う
金が絡むと、書けへんことが出てくる。
「この商品は微妙やけど、案件もらってるから褒めとこ」 「このサービス叩いたら広告止まるかも」
──そんなん、本音ちゃうやろ。
俺の言葉は、誰にも買われへん。 だから好き放題言える。 それが、この場所の価値やと思ってる。
5. 読者に媚びん、スポンサーに頭下げん。
俺が守りたいのは、“読み手の時間”や。
広告で読み飛ばされるより、 本音で1行でも刺さる文章を残したい。
何千人が読んでくれなくてもええ。 でも、「ここだけは信じてる」って言われる場所でありたいんや。
それが、“売らない情報空間”の矜持や。
6. まとめ:広告のないブログに、静かな信頼を。
もしこの記事が、どこにも誘導せず、 どこにも登録もせんと、ただ1つのメッセージとして届いたなら──
それだけで、俺は満足や。
金より信頼。 誘導より言葉。 再生数より、納得。
そんな場所が1個くらい、ネットのどっかにあってもええやろ?
──それが、「十円玉ドットコム」やねんで。
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